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しかし菅野よう子の幅広い多様な楽曲こそがシーン・セッティングにおいて最高の称賛を得ている。 それはこの作品にいたずらっぽくてお気楽なカッコよさとも言うべきとってもユニークな味わいを与えている。 オープニングエピソードのちょっとしたスタートミスの後 (少々展開がはやすぎてあまりにもコンピュータ・アニメーションに頼りすぎているようだ) シリーズのペースはコメディと用意周到なプロットのリズミカルなブレンドをほとんど完璧に成し遂げ、爆発的な終局に向かっていく。 プロットは解説やナレーションに頼ることなく、むしろほとんど相互にさまざまに影響しあって進んでいき、途中に多くの空白を残して視聴者につづきを期待させる。 斜に構えた語り口は構成上のキャラクターを際だたせて、しゃれた話を求める視聴者に作家が応えようとしていると感じさせる一因となっている。 バンダイはVHSでシリーズをリリースしている。しかし、DVDは1エピソード当たりでみるとはるかに安い。 また各DVDにはちょっとした素敵なボーナスが入っている。ボリューム#1と#4のミュージックビデオ、#2と#3のクリエイティヴチームの著名なメンバーの一連のインタビューなどだ。 この非常に多様でカラフルな作品の後に実際に顔を拝めるのは楽しい。 (シリーズディレクター渡辺信一郎はNeil Gaimanのジャパニーズ・バージョンのように見える。 菅野がアニメーション・スタッフの「かったるいよな〜」的な樣を演じてみせるのは愛らしい。) 最終的にシリーズは13本のVHSテープに対して6枚のDVDとなるだろう。 どちらをとっても、これらはマトモなアニメを観たいと思っているアニメファンの究極的な見本であり必需品だ。 カウボーイビバップは現在のマーケットにおいて並外れて思索的で、並外れてスピーディで、並外れてクールな壮麗なシリーズ。 DVDで私のたった一つの不満は小さいイエローの字幕を読むのがしばしば非常に困難なことぐらい。 幸いにも吹替えトラックでの声優は例外的にプロフェッショナルで、卓越した抑えた芝居を提供している。 これは実際、いままでに出会ったなかで吹替えがむしろ好ましいと思う最初のアニメだ。 ― Tasha Robinson ― メディア側の評価の一例としてアメリカのSFサイトScience Fiction Weeklyを取り上げてみました。 session#18(ビバップではエピソードをそう呼ぶ)までの評です。ここはいろいろなSF系アニメをレビューしているのですが、 やや辛口の評価が多いかなと。そんな中でビバップはA+という最高の賛辞をえています。
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カウボーイビバップはしばしばザ・ニューアニメ・ノワールと呼ばれていて、その名称はフィットしないこともないが、ビバッブを十分に言い表わしているとはいえない。 フィルムノワール、マカロニウェスタン、70年代警官ドラマなどの要素を同じくらい持ち、カウボーイビバップはレトロであると同時に新鮮だ。 それにも増してずっと注目に値するのが非常にスタイリッシュで美しく作られたシリーズだということ。 のちに大ヒットするのに相応しいシリーズがあるとすれば、ビバップはまさにそれだ。 カウボーイビバップはTVに好都合だ。 それぞれのエピソードはスタンドアローンでありながら同時に全体的なより大きいストーリーをつなぐことに成功する。 適当に2つ、3つのエピソードだけ観ても、話がわからなくなってしまう事なないし、それを楽しむだろう。 けれども本当に良さを味わいたいなら、全体をとおして観なくてはならない。 カウボーイビバップは未来の現実的な考察をも提示する。 スパイクとジェットの旅に使う船は我々にとって何と高性能なことか、 しかし彼らにとっては現代の1976 El Camino (車名)のようなもの。彼らが訪れる場所は予想以上に遠いところだ。 ピカピカで途方もなく高い摩天楼が果てしなく続くネオ東京の代わりに、埃っぽい未舗装道路とうらぶれたバラックと出稼ぎ労働者がいるネオティファナがある。 異民族であふれているが、政策的に順当であるような塵一つない『スタートレック』のようではない。 各コロニーは『ブレードランナー』かぶれが今までやったよりロサンゼルスやニューヨーク市に類似の人種のるつぼをいっそう反映している。 リアリズムのためのこの努力は同じくキャラクターデザインでも反映される。 スパイクはひょろ長くてそれなりにハンサムだが、決して細身のプリティーボーイではない。 フェイはセクシーで曲線美を誇るが、胸がデカイだけのなふしだらな女ではない。 ジェットは太っているのではなく、がっしりしていてロシア系であると思わせる特徴を持っている。 アインは容易に見分けることのできない雑種犬ではなく、ウェルシュ・コーギーとして認知することができる。 かすかに「カートゥーン」キャラクターのように見える唯一の者はエドだが、誰も彼女がやせこけたプレティーンのおてんばとはそうだとしてもわからないだろう。 |
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(彼女の名前と容姿を見れば、フィリピンから来てちょうどボートから降りたとこだと思うだろう。※訳者:注 ボートピープル扱い?!) アニメーションは比類なく素晴らしい。そのクオリティは現在のほとんどのリリース作品を凌ぐ。 カウボーイビバップはコンピュータグラフィックスを使うが、流動的で息を呑むようなやり方だ。 たとえば前景がまったく背景から浮いてみえるような「不自然」と感じるシーンがほとんどない。 コンピュータによって生成された今日のたいていのアニメは、キャラクターが背景画の前でちょっと浮いているようでうまく馴染んでいないように見える。 カウボーイビバップのすべてのものが命と動きを吹き込まれたようで、ほかのストイックなシーンでさえもそう。それは稀なことで観るに値する驚きだ。 カウボーイビバップの売りでもう1つある思いがけない喜びがサウンドトラック。菅野よう子はこのシリーズのために再び(文字どおり)スコアする。 オープニングテーマはすでに今まで聞いたなかで最も良いオープニングの一つとなっている。 ジャズとブルースのブレンドはシリーズのムードをセッティングするのに全く完璧。 きいてみるけど、この女性は今まで良くない音楽をやったことがある?(もちろんそんなことはない!) それから筋書き。それぞれのエピソードがもつエキサイティングなアクションを散りばめた強烈な一瞬一瞬は、それ自身非常に申し分がないが、 スパイク・スピーゲルの内在するテーマや彼をそうさせる動機は非常に興味をそそられる。 一つ一つの回想とともに、スパイクの暗い出自から今の彼に影響を与えた愛まで、パズルのピースを埋めていくのだ。 たぶん賞金稼ぎ業は、彼が選んでしまった生き方と同様にほんとうはアイデンティティーの探求だ。 カウボーイビバップにおけるプロットおよび性格描写はほとんど類のない洗練さや機微を持っている。 これだけ熱中させるような映画を見つけるのは難かしく、テレビアニメシリーズではなおさらだ。 カウボーイビバップはあっさりとほとんどのアニメ… そしてハリウッドを凌ぐ。見かけ上、つまらない70年代レトロとして拒絶されやすいが。 「おいおい、VEGA$(※ベガス、ラスベガスが舞台の探偵もの)の焼き直しかい!」 そうそう、多くの日本とアメリカの映画スターらが各エピソードでアレコレからかわれる。 ◆事例: スパイク・スピーゲルはポストモダンなルパン三世。そして最初のエピソードだけだがアシモフ・ソーレンサンとカテリーナ… 『デスペラード』の子供達と言えるかな?(うっ、クエンティン・タランティーノさえカメオ出演しているようだ!) しかし見かけのノワールさの下では大いに面白いが現実的で、ユーモアやクレバーな会話に満ちたまさに人間ドラマがある。 これは日本のアニメーションの本格的コレクター皆にとってマストアイテムだ。端的に言えば、このアニメはベストの一つということ。 ◆評価:★★★★★(5つ星)あなた自身で確認して下さい。 対象となる視聴者: まぁ、最初のエピソードの後にスパイク・スピーゲルが「来週は思い切ってファミリーアニメに大変身だ!」と言うけど、実状はそうでもない^_^;; 多くの思慮深いテーマ、困難、幾多の激しい状況に至らしめる賞金稼ぎの乱暴な暮らしがある。人が時折生々しく死んでいくが、いわれのない死は決してない。 そしてフェイは期待するほどファン-サービスの対象ではないけど、蠱惑的。 子供はアメリカのポップカルチャーのパロディーに大笑いし、アインをかわいい(えぇ、彼は^_^)と思うかもしれないが、 このシリーズは実際、12歳未満の大半にはわからないだろう。けれども、16歳以上が物語の根底にある意味を理解するだろう。 ― クリスティーナ・カーペンター ― ファンダムの例として以前紹介したアニメクラブからです。 この評と直接関係ないのですが、アメリカ人はカウボーイという言葉からは土曜の朝に放映しているお子様アニメとか子供っぽいものを連想するらしい。 クリント・イーストウッドの変なものを思い浮べる人もいました。 カウボーイビバップもタイトルを聞くと初めガクッとするらしいが内容を観てオォッと唸るそうです。 |
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